memento naka mori

インターネットやそこに流れる情報の古今東西考察。あと閉塞感打開用雑記。

『自分以外は作り物』という妄想はネットの一部ではあながち間違ってないかも

『世の中、自分以外はすべて作り物ではないか』という妄想。方向性の差異はあったとしても(たとえば『トゥルーマン・ショー』的なものとか)思春期の人間なら一度は考えたことのある妄想だと思う。
なら、既に生まれた時からインターネットが存在していた今の思春期の若者(中高生くらい)であるなら、『インターネットでは、自分以外は全部作り物もの』という妄想をしたことのある人間もいるのだろうか。とりわけ、リアルでの友人知人ではなくネット上だけで交流のある人間の集まりや、匿名掲示板などの匿名コンテンツである場合。

ただ、今のネットを振り返ると、全部が全部妄想とも言えないような気もする。

 

 今の匿名掲示板のまとめ、色々な騒動があって2chから転載可能なおーぷん2chなどになっているが、そもそもおーぷん2chに直接書き込んでいる人ってどのくらいいるのだろうか。昔と違ってSNSが発達した状況で、匿名掲示板の存在に書き込んだことがない、もしくはまとめサイトは知っていても、そっちの掲示板本家を見たことがないという人でさえ増えているはずなのに、まとめられるスレの数は減少を見せていない。

そして、匿名の掲示板というのは、その気になれば一人でスレが作れてしまう。ただそれをやってもむなしいだけだが、もしそこにアフィリエイト等の営業的利益があれば、それをしてもおかしくないし、且つ、おもしろおかしいように、もしくは世論の意図として誘導できるように、まとめる以前にその書き込みを操作できてしまう。
実際は個人でというのは難しいが、数人が作業として行えば、それくらいは出来てしまう。

となると、その見えている掲示板自体、世論ではなく「作り物」となるわけで、インターネットでは、自分以外は全部作りものとまではいかなくても、半分くらいは作り物で当たっていると言えるゾーンもけっこう存在するのではと。

そうだった場合、むしろ「作り物」と思いこんでいるほうが全部を信じるよりまだマシという状況の、今のネット。