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memento naka mori

閉塞感打開用雑記。

年賀状を減少させているのって若者じゃなくて高齢者じゃないかな

もうさすがに年賀状も一段落ついた時期だろうが、こんなニュースがあった。

www.yomiuri.co.jp

もう毎年恒例の年賀状の減少ニュース。

それを受けてCMで「嵐」を起用するなど若者に対してアピールしているが、歯止めがかからない、というもの。

ただ、このデータの上で年賀状の減少を加速しているのは若者ではなく、高齢者ではないかと思う。

 

 高齢者が年賀状を出さなくなる理由

家には現状の年齢区分けで高齢者となっている父親がいるのだが、聞くと年々年賀状の数が減少しているという。その理由として一番に思い当たるのは、送っていた人の死亡によるものだろう。実際にそういうのは増えてしまうのは予想がつく。しかしそうではなく、生きている人であっても年賀状が送られてくることが途絶えることは多いそうだ。

まずは病気など、書くことが不可能、もしくは重労働になってしまったケース。これはいきなり途絶えてしまうこともあるそうだが(まあたいていの場合それがわかるのは葬儀の時などあとだったりするが)、そうではなく、毎年数枚「高齢につき、来年からのご挨拶は失礼させて頂きます」というものが送られてくるそうだ。

年賀状を作成するというのは結構重労働だ。印刷などは印刷所に依頼すれば基本的な裏面と宛先は作成してくれるだろうが、送り先の死亡や喪中などで宛先リストを整理する必要などはどうしても出てくるし、百枚単位になる人であれば、その準備さえも大変なのは予想がつくだろう。ましてや、印刷だけではあまりにも安易ということで一言書き添える人は多いが、それをするとどれだけ手間がかかるかはわかりやすい。おそらく現在社会人な人でもそう思うだろうから、それが眼や手の力が弱まった人であれば尚更だろう。さらにコスト的にも52円のはがきを百枚でも5200円(お年玉付年賀はがきならそれ以上)、印刷代を含めればそれ以上になる。

こういった手間とコストをかけてまでこれ以上送り続けるかどうかというのを考えた時に、やめてしまう、もしくは本当に限定した範囲に留めるようになるというのは自然だろう。

 

若者にとっては年賀状文化のほうが異質では

最初のニュースに戻ると、若者は最初から出していないわけで、そもそも数字に反映されていない。故にこの数字の現象は、高齢者の停止のほうがはるかに要素として大きいと思われる。

とはいえ高齢者に出し続けるように広告を打ったところで、労力の理由である場合は続けさせることは非常に困難だろう。だから労力をかけるだけの体力もあり、今後何十年続けさせるという効果を狙って若年齢層に対して広告を打っているのだろう。しかしながら現在の若者はメールやLINEといった通信、そしてその文化が年賀状文化よりもはるかに大きくなってしまっているように思う。つまり生まれた時からネットがあるような若い人にしてみれば年賀状文化のほうが異質なのではないかと。そうなってしまえば、一枚当たり最低でも52円「も」かかるものを、メールやTwitterなどよりはるかに労力をかけるというのはむしろそちらのほうが珍しい人、になっているかもしれない。そもそも、今の若者に対してテレビでのコマーシャルという広告手法自体が効果としてかなり薄いと思うのだが。

ついでに言うと、個人情報保護の問題もある。今、よほど親しくなければ(それこそ正月から会ったり連絡可能な人じゃなければ)、防犯的に住所教えることなんてないだろうし(まあネット用には匿名匿住所で送れるサービスもあるようだが)。

 

10年後の個人間年賀状ってかなり少なくなってそう

おそらく10年以上後には、年賀状自体お歳暮やお中元と同じく、企業などの仕事関係を中心に行われて、個人間ではさらに廃れてゆくのではないかなと思った。だから郵便も年賀状の現象に歯止めをかけたいなら、若者に対してよりはそっちでの普及とかに費やしたほうがまだ減少が止められるのかもしれない。そうするとむしろ1日ではなくて仕事始めの4日とか到着の文化にしたほうがいいのかもなあ。